園   長 森 雅子
対象年齢 0歳〜就学前
保育時間 7:00〜19:00
(注)18:00〜19:00の延長保育は園との契約になります
(※土曜日の保育は18:00までです)
給   食 0〜2歳児/
離乳食・年齢にあわせた完全給食
3〜5歳児/副食給食
※週一回完全給食
※週一回お弁当日

 大徳寺保育園は、昭和30年、臨済宗大徳寺の塔頭(たっちゅう)である玉林院内に、先人が遺された偉大な遺産を利用させていただき、多くの檀信徒の方々のご協力により、教化活動のひとつとして開設されました。開園以来、「児童の育成を通して地域社会に貢献する」ことを目的とし、仏教精神のもとに、万物のいのちを大切にする人格の育成を目指しています。
 町の中とは思えないほどの恵まれた自然環境の中で、個性を大切にし、情緒豊かな子どもを育てるため、異年齢児混合のたて割り保育や、少人数のグループでの保育を取り入れています。また、専門の講師の先生方のご協力により、音楽・絵画・体操などの指導も行っており、特に茶道においては、お茶をいただくことを通して仏教の心が育まれることを大きな特徴としています。
 保育以外においても、30数年前より保育園を越えた地域活動を行っています。社会福祉施設としての保育園という考え方から、障害を持つ子どもも持たない子どもも共に集い遊ぶ「たつのこおもちゃライブラリー」を設けたり、嘱託の小児科医や小児精神科医と連携して、育児や就学後の悩みの相談にも応じています。
 今後も、保育活動にとどまらず、様々な活動を続けていきたいと考えます。

 
 
     
   

 大徳寺保育園は、玉林院というお寺の中にあり、園長先生は玉林院の住職でもあります。玉林院は大徳寺の塔頭(「たっちゅう」と読みます)として、慶長8年(1603)、京都の高名な医学者である曲直瀬正琳(まなせしょうりん)によって月岑宗印(げっしんそういん)和尚を開祖とし、曲直瀬家初代の曲直瀬道三を供養するため建立されました。曲直瀬道三は、京都で施療院を開いて多くの病人を救済し、人々の尊敬を集めた医者でした。塔頭とは、大きな寺の周辺に建てられた子院のことです。大徳寺山内には、数々の塔頭があり、中には、豊臣秀吉が旧主織田信長のために建てた総見院や、前田利家の夫人まつが前田家の菩提寺として建立し、NHK大河ドラマでも注目を浴びた芳春院などもあります。
 玉林院の最初の寺号は、開基の名から「正琳院」と名付けられました。しかし、創建後間もない慶長14年(1609)、火災によって大部分を焼失したため、当時徳川幕府の官僚であった片桐且元らが再建、玉林院と名を改めました。現在の客殿は、その再建時の建物で、大徳寺山内の塔頭客殿遺構の中でも最大規模を誇り、当時の姿をよく残しています。
 客殿には、江戸幕府の御用絵師であった狩野探幽一門の手による数々の襖絵が、貴重な文化財として現在も残されています。また、寛保2年に大阪の富豪鴻池家が当時の大龍和尚に帰依して創建した表千家如心斉の好み南明庵(なんめいあん)は、牌堂と茶席蓑庵(さあん)・霞床席(かすみどこせき)から成り、茶事に基づいた仏事を行う建物として知られています。
 また、本堂は、平成14年から21年にかけての大修復工事で創建当時に復原され、屋根も桧皮葺きとなりました。
 本堂(襖絵を含む)と南明庵、および釈迦如来像は、国指定重要文化財です。
>>玉林院ホームページへ